はじめに
アイベックステクノロジーの馬場です。当社は社員数60人に満たない企業規模ですが、グローバルに顧客がいます。アメリカ、カナダ、イギリス、ドイツ、中国。ここに挙げた国々の企業に FPGA用Video Codec IPの販売実績があります。文化と言語が異なる顧客と一緒に製品を創り上げた経験は何ものにも代えがたく、一社一社それぞれのプロジェクトに思い入れがあります。FPGA用IPは論理回路情報の設計資産であり、ソフトウェア(無形物)としてライセンス販売します。
一方ソフトウェアに比べハードウェア(有形物)の輸出はハードルが上がります。輸出許可、輸送、通関、保険など輸出に関わる業務に加え、現地の規格対応や販売後のアフターサポート体制など、当社の企業規模にとっては荷が重いビジネス形態になります。それでも過去に果敢に挑戦しました。
韓国には15年に渡るパートナー関係を継続し、韓国映像伝送市場で大きなシェアをとったハードウェア製品があります。その製品名はWinBex Series。韓国の伝送機器メーカーであるWintek System社 (以下、 Wintek社) とアイベックステクノロジーの共同開発製品です。このプロジェクトがなければ今の自分はないと言い切れる経験でした。
2000~2010年代の韓国市場背景
ソウルオリンピック(1988年開催)の時、私は高校生でした。放送方式はまだアナログですね。日本では2000年からBSデジタル放送が開始されていましたが、地上波デジタル放送が始まるのは2003年からです。韓国は一足早く2001年に地上波デジタル放送を開始していました。2002年開催のサッカーワールドカップ日韓大会は、HDデジタル映像が中継用映像素材として初めて本格使用されたワールドカップでした。
各スタジアムからIBC (International Broadcast Center) を介して、世界の放送局に試合の映像コンテンツが配信されます。各スタジアムからIBCに伝送するのに当時の韓国では映像圧縮方式にMPEG-21、伝送方式にDS-32が使用されていました。韓国の主要地上波放送局はKBS、MBC、SBSの3局です。映像伝送に必要なEncoder/Decoder装置は放送局が購入せずにKorea Telecom (以下、KT社) 等、通信会社 (キャリア) が購入する構図でした。通信会社と放送局の責任分界点はSDI信号であり、この構図は現在も変わっていません。
当時の韓国にはEncoder/Decoder装置を開発するメーカーがなく、ヨーロッパから輸入していました。メーカー名はTandberg Television社3 (以下、Tandberg社) 。 Tandberg社 のEncoder/Decoder装置の品質は高く、さらにKT社が求めるDS-3伝送技術も保有していたため、韓国市場に対しては独占的な供給をしていました。
Wintek System社の挑戦
Wintek社は1995年にKim Hae Song氏 (以下、Kim社長) が立ち上げた伝送機器メーカーです。特にDS-3伝送機器については高い技術力と量産の実績があり、KT社から何年も続けて優良サプライヤとして表彰されていました。
当時のKT社は先程名前を挙げた Tandberg社のEncoder/Decoder機器を毎年相当数購入していました。一社独占状態のため価格が下がらないことに懸念を持っていたこと、より安定した供給や優れたフィールドサポートを求め、国内のサプライヤを探していました。そこで白羽の矢がたったのが Wintek社です。Wintek社はDS-3技術を持っていましたが、映像技術については知見がありませんでした。Wintek社がエージェントを通し何社かの日本企業と面談した結果、当社をパートナーとして選んでいただきました。製品ブランド名は「WinBex」。安直な Wintek と IBEX の合わせ技なんですが、公式には Wintek Broadcast Exchanger の略です。現地の製品カタログにもそう記載されています。
当時、私は37歳。営業経験は少なく、まして海外企業とのJoint Projectは初経験でした。Kim社長は私より一回り以上年上の創業社長で、交渉時の迫力と粘りは遥かに格上でした。それでも周囲の方々の協力を得ながら、条件の妥結点を見出せるように社内外の調整に全力を尽くしました。5回目の打ち合わせ後、契約締結した夜はもの凄く疲れを感じ、布団で横になるとすぐ寝てしまったことを今でも覚えています。ただ契約完了で安堵したのはほんの一瞬。この後、苦難の日々が始まります。

裏山に登るつもりだったのに無酸素エベレスト登頂だった
Wintek社は映像に関する知見がありませんでした。仕様を決めたのはKT社が作成した Compliance Table というスペック表でした。実際、このスペック表に記載された製品を開発・製造することが最終目的でした。KT社は半官半民の企業であり、機器購入時は原則入札になります。入札に参加するためには KT社が作成・開示する Compliance Table に合致する製品を提案しなければなりません。機能・性能はKT社の担当者によるベンチマークテスト (以下 BMT) と呼ばれる試験で確認され、合格する必要があります。特にこのビジネスは Tandberg社 という先行企業がいたため、全ての項目で合格を得る必要がありました (交渉の余地なし)。
契約交渉時に翻訳された Compliance Table を読み込み、やればできそうという感触を得ていました。映像部分を当社が、伝送部分とシャーシ・電源、管理用ソフトウェアを Wintek社が担当するということもスムーズに決まりました。あとは頑張って開発するだけ、ということで Nさん(前回のIBEX製品開発史記事でも登場)にプロダクト・リーダーとして装置システム設計と顧客窓口を、Sさんに FPGA回路設計とプロジェクト全体のマネジメントを委ねました。
契約締結は2009年9月、2010年春には一通りボードが仕上がり、デバッグが進められました。そして夏には韓国で KT社 の担当者による試験が始まりました。いざ始まると Compliance Table に記載されていない性能や定義が曖昧な箇所を指摘され不合格が続きます。細かい挙動を先行メーカーの機器に合わせることも求められました。それらの内容を詳しく書くことはできませんが、苦難の行進が続くことになります。その間、入札は実施され、そのたびに需要を競合にとられることになり、当然 Wintek社からは強いプレッシャーをかけられます。
不合格で跳ね返された当初は、プロジェクトメンバーとブツブツいいながら対処し、途中に数回あった大ピンチの時はエース級エンジニアの奮闘でクリアし、終盤は「なんでもこい」というマインドで一致団結?状態だったと思います。何度も何度も Pre-Testと呼ばれる事前テストを行い、Nさんには韓国に張り付いてもらい、メンバーには土日も対応してもらい、遂にBMT合格の連絡をもらったのは契約から1年以上過ぎた2010年10月です。その時の感情は覚えていないですね。合格までに本当にたくさんのことがありました。この経験を共有したプロジェクトメンバーとは何時間でも飲めます。
次々と要求してくる Wintek社を責めたい気持ちはありましたが、私(当社)にも責任があります。当時は海外市場調査を始めたばかりで先行メーカーの Tandberg社 をよく知りませんでした。開発着手してから世界トップシェアの企業と知り、このプロジェクトの本質は 「世界最高峰の機器の互換機を作ること」 と理解しました。Nさん曰く、「裏山に登るつもりだったのに無酸素エベレスト登頂だった」は、まさに正確に言い当てています。開発中、何度も「死ぬ」と言い、また周囲から聞こえてきました。とはいえ、関係者誰も亡くなっていないことをお知らせしておきます。
折角の機会なので昔の資料を見直したら、契約交渉時に先方の話を聞いて、私が作成した要求仕様書が見つかりました。わずか3ページ。この内容でこんなハイスペックな製品ができるのか、と驚くような代物です。とても見せられませんね。
WinBex Seriesの紹介
ここからWinBex Seriesの紹介をしましょう。Nさんがシステム設計したアーキテクチャはメインボード、ビデオボード、オーディオボード、伝送ボードがモジュール構成になっています。優れた拡張性により、モジュールを更新することで新たな機能を実装できました。シリーズで統一された操作性は顧客から高い評価を得ました。
WinBex-1(初号機)


先に説明した最初の契約時にターゲットとした製品です。MPEG-2 + DS-3です。映像エンコーダチップは実績豊富な国内パートナーのLSIを採用しました。映像デコーダチップはFPGAで自社製IPを実装しました。音声コーデックはDolby AC-3が韓国で採用されていましたが、当社には実装経験がありませんでした。そこでDolby社からモジュールを購入し、開発期間短縮を実現しました。DS-3、電源/シャーシは Wintek社が担当。フロントパネルの操作用ボタンは当社が供給することになりました。
ボタンに「➡」の印字をしていたのですが、Wintek社が溶剤を使って消えないか試験を行いました。これがなんと消えてしまいました。改善を求められたNさんがサプライヤさんと印刷用インクの調合と温度を変えながら、遂に消えないレシピを見つけました。色々ありましたね。
KT社によるBMT実施時には、エンコーダチップの性能が足りないという致命的な問題が発見されました。なんと、エンコーダチップが出力するビットストリームが要求仕様を満たしていなかったのです。
この対応には大変苦慮し、Wintek社へプロジェクト辞退のお詫びに伺う寸前まで追い詰められましたが、幸いにも、外付けFPGAでエンコーダチップが出力するビットストリームをばらして、再構成する手段を思い付き、この危機を乗り切ることができました。手前みそながら自社エンジニアの凄さを知りました。
そしてKT社の Tandberg社 独占状態に風穴を開ける製品になりました。大きなイベントでのデビューは2011年に大邱(テグ)で開催された世界陸上競技選手権大会でした。 量産移行後、後継機種の開発が決まり、区別のためにWinBex-1と呼ぶことになりました。
WinBex-LD(低遅延対応・主力製品)
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LDはLow Delayの略です。WinBex-1 開発着手時は低遅延対応のEncoder IPを持っていましたが、通常遅延対応のIPがありませんでした。WinBex-1の量産移行が終わった頃に、ちょうど通常遅延対応のEncoder IPが仕上がったことで、エンコーダチップを専用LSIからFPGAに変更しました。FPGAサブボードを新規設計しました。これで通常遅延/低遅延の両方に対応が可能になりました。Dolby社から購入していたモジュールと同じ外形・インターフェースで音声用DSPボードを新規設計し、Dolby社だけではなくAACやMPEG-1 Layer 2のマルチチャネルに対応できるようにしました。
Wintek社はWinBex-1に関する顧客のフィードバックを得たのちに、シャーシ、電源、管理用ソフトウェアを更新しました。結果、機能が追加され原価を低減した製品となり、シリーズの中で最も売れた製品になりました。特に競合の Tandberg社 のMPEG-2装置は低遅延モードに対応しておらず、低遅延が必要な用途では必ず採用いただけるようになりました。現在(2026年9月)においても数百台が韓国の映像伝送を支えています。
長い期間売れた分、様々なピンチに遭遇しました。ほんの一例ですが、量産初期には東日本大震災が起こり、不幸にも使用していたマイコンの工場が被災し調達ができなくなりました。KT社-Wintek社は契約済で、なんとしても納入しなければなりません。
ダメもとで中国・深圳の部品屋を検索すると、在庫有となっていました。FAXを送れば見積書が返ってきます。詐欺の可能性を疑い、香港出身の方にガイドをお願いして記載された住所に行くとお店はありませんでした。振り込まなくてよかったです。そこから深圳の電気街を回って一軒一軒、該当の部品がないか聞いて回りました。「メイヨー = ないよ」の中国語を覚えましたね。それでも3軒で合計約20個購入できました。途中諦めモードだったのですが、私を励まして一緒に回ってくれたガイドの方には感謝です。見つかる度にその場でATMから中国元をおろして支払いました。購入したデバイスは全て動きました。
WinBex-2(大きな挫折を味わう)

苦い思い出、私のキャリアの中では最大の失敗になりました。2010年代に入り、圧縮規格はより圧縮率が高いH.264/AVC4が主流に移行していました。この時には海外展示会を通して、世界の市場や競合のトレンドを把握できるようになっていました。KT社からは H.264/AVC 対応の要求があり、競合である Ericsson社は既に製品がリリースされていました。非圧縮映像データを伝送するHD-SDI規格はビット深度10bitです。MPEG-2圧縮は8bitであり、2bitを捨てていました。H.264/AVC規格からは8bitに加え10bitをサポートするようになり、 Ericsson社は10bit対応もしていました。
その頃、海外での人脈ができつつあり、シリコンバレー新興のMagnum社から コーデックチップ D7Pro の紹介を受けました。充実したスペックとグローバルでの採用実績を理由に、H.264/AVCエンコーダチップとして採用を決めました。デコーダは自社製FPGA用IPが設計済のため、WinBex-LDで開発したFPGAサブボードに実装しました。メインボードはWinBex-1、LDと同じ。伝送部はDS-3から当社製のIP Gateway ボードに変更しました。
社内にはWinBex-1、LDの開発投資回収が終わっていない状況で次の投資に進むことに慎重な意見がありました。しかし、当時の私には「早くEricssonに追いつかないといけない」と焦りがあり、小さい企業がやってはいけないスペック勝負に突入してしまいました。
結果は2012年に10セットのみの販売で終わり、韓国市場で実運用には至りませんでした。敗因は、KT社の主力回線が当時 DS-3 で 45Mbpsの帯域があり、圧縮率を高める必要性が薄かったこと。MPEG-2装置に比べて高額であったこと。当時は1ドル80円前後であったことも欧米メーカーと勝負するには逆風でした。そして何よりグローバルのトップである Ericsson社の機能・性能と同等を実現するためには、更なる開発投資が必要であったこと。当社はWinBex-2を韓国市場のみで販売する計画に対し、Ericsson社は先行して市場に投入しグローバルで販売していました。開始時に掲げた機能が一通り動くまで開発したものの、Ericsson社との差を埋めることを諦めNさんと一緒にKim社長に開発打ち切りを説明した時が、一番つらい出張でした。一番の反省は顧客の要求を把握していなかったことです。供給側のスペック競争に意識がいき、KT社が圧縮率向上に支払う対価については期待先行で真実が見えていませんでした。売りだった10bit対応は響いていなかったと感じました。途中からは真実を見たくなかったのが正解かもしれません。
良かったこともあります。Magnum社のUS本社マーケティングの紹介で、世界のコーデックメーカーとコネクションができ、その後、勤務先を変えてもお付き合いが続いている方がいます。D7Proの制御用周辺回路を国内のお客様に販売することで投資の一部は回収できました。なおMagnum社とD7Proは一時一世を風靡したものの、その後、会社は買収を繰り返され市場から姿を消しました。
多くのことを学んだプロジェクトになりました。マーケティングに対する投資の重要性を痛感しました。開発する機能や性能が顧客の便益になるのかを考えるようになりました。周囲の慎重な意見にもっと耳を傾けるべきでした。成功した時のストーリーしか準備できていませんでした。身の程を知ることも学びました。最初のエベレスト登頂は勢いと根性でなんとか実現できましたが、体制を立て直すことなく、疲れをとることもせず、準備不足でK2に挑んで挫折という感じですね。
WinBex-3(IP伝送向け)
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WinBex-2の惨敗から2年、Wintek社から次機種開発の声がかかりました。KT社の伝送方式が主力のDS-3からIPに変わり始めた時期です。IPになるとビットレートが45Mbpsから10~15Mbpsに変更になります。そこで圧縮方式をH.264/AVCにしたいということです。また低遅延対応が必須ということになり、WinBex-2 では要求スペックを満たせませんでした。Kim社長から要望されたのはある日本メーカーの装置と同じ画質と低遅延性能でした。
ちょうどこの時、当社はそのメーカーさんと共同開発に取り組んだところで、相談できるパイプがありました。協議の結果、WinBexプラットフォームに合わせたエンコーダサブボードを設計・製造・供給いただくことになりました。デコーダはWinBex-2をほぼそのまま流用しました。供給いただいたメーカーさんの品質は高く、開発はスムーズに進みました。我々も何度もBMTを経験していたので、要領も得ていました。無事BMT合格を獲得。
WinBex-3として発売された製品の結果は、20セット販売して終わりました。Wintek社に在庫がまだあります。いい製品だったのですが。敗因分析は割愛です。
幻のWinBex-3(恩師捜索プロジェクト)
WinBex-2とWinBex-3の間には、別のWinBex-3と呼んだプロジェクトがありました。Kim社長が少年時代、日本企業から駐在で来ていた技術者のもとでアルバイトをされていました。手帳にお二人が写った白黒の写真を挟まれていました。わかるのはお名前と会社名のみ。いつか会いたいという話を食事の時に聞きました。できれば探して欲しいと依頼され名付けたプロジェクト名がWinBex-3でした。
その時はWinBex-2を開発中断することとなり、Wintek社との接点が減る最中、何かお役に立てないかと一念発起し探してみることにしました。こちらの結果は成功! 探し出し無事に日本で面会する場を設定することができました。
WIN-UHD1(4K対応・2018年平昌オリンピック採用品)
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シリーズ最後の製品です。WinBex-2は開発途中で力尽き、WinBex-3はビジネス的に失敗となりましたが、WinBex-LDが順調に出荷実績を重ねていました。放送局界隈では無名だった Wintek社ですが、この頃には製品に対する高い評価とプレゼンスを得ていました。そして時代は4K放送へ。圧縮方式はさらに圧縮率が高い H.265/HEVC5へ移行が始まりだした頃です。2016年、KT社から 4K 伝送装置の開発依頼がきました。
当社としても予測しており、過去のWinBexメンバーを中心にプロジェクトを組みました。エンコーダボードはWinBex-3の時にお世話になった日本のメーカーさんから供給いただけることになりました。デコーダは当社IPの整備が終わっており、FPGAで進めることにしました。伝送部は DS-3継続となり Wintek社が担当します。もう何度もやったフォーメーションでスムーズでした。4Kだし、順番的にもWinBex-4だろうな、と思ったら Kim社長がつけたプロジェクト名は WIN-UHD1 でした。私のPCのフォルダは未だにWinBex-4のままです。
この時、KT社ビジネスにおける最大の競合 Ericsson社は、ハードウェアコーデック事業から一歩引いていました。2017年、どこよりも早く KT社のBMT合格を勝ち取り、初めて競合をリードして迎えた製品になりました。2018年平昌オリンピックでは、地上波での本格運用としては初となる4K放送が実施されました。この時のSBS の中継車にWIN-UHD1が採用されました。Wintek社に女子フィギュアスケートの決勝をご招待いただき、観戦することができました。ロシアのザギトワ選手が優勝した大会です。

オリンピックが終わり、韓国放送局が地上デジタルを4K放送に切り替えるのを待つばかり、と思っていましたが、2017年に地上波UHD放送(ATSC 3.0)が始まったものの、4K化は計画通りには進まず、主力は今もHD放送です。その間、4K映像伝送機器の市場相場低下があり、初期に設計したWIN-UHD1は価格競争で不利になりました。
この間もWinBex-LDは販売が続いていたことからも、主要な需要は未だHDだったということになります。そして伝送方式が DS-3からIPに転換が進んだことで、Wintek社の強みが薄れる結果になりました。
15年間の歴史に幕を閉じた最終納品
2023年3月に販売したWinBex-LDを最後に、WinBex Seriesの生産を終了しました。2009年の契約から約14年になります。需要はまだあったのですが、使用部品の生産中止が相次ぎ生産できなくなりました。後継機の開発を検討しましたが、残念ながら良い方法を見出すことができませんでした。
韓国では他の取引もあり、近年は2~3か月に1回のペースで出張に行っています。2026年秋には自社ブランドのEncoder/Decoder装置 HLD-5000を通信会社 LG U+社に納入し、サッカーのKリーグ中継でご使用いただきます。出張時に通信会社の顧客と話をすると、必ず「WinBex」の話が出ます。とても良い製品だと、皆がコメントしてくれます。とても光栄なことで当時の苦労が報われます。これを書いている2026年9月に愛知・名古屋アジア競技大会の中継のため長期間名古屋に滞在している韓国通信会社のチームと会った際も話題に出ました。
WinBex-1開発に始まり、WIN-UHD1までの15年間。このプロジェクトは成功か? 失敗か?と聞かれたら、私はどちらとも答えることができません。それくらい複雑な感情です。嬉しいことと同じくらい辛い経験もしました。冒頭に書いたようにこのプロジェクトを経験していなければ、この出会いがなければ、今の自分はないと思っています。KT社/Wintek社のおかげでとても大きな売上は立ちました。同時にたくさんの投資をし、会社にはそれを許してもらいました。数字だけで判断するなら、WinBex-LD の開発で止めておけば利益を最大化できました。しかし、Kim社長はじめ Wintek社みなさんの果敢に挑戦する姿勢、それに呼応した当社メンバーの奮闘、共同プロジェクトを通して我々は力をつけることができました。やはりWinBex Series通してこその学びと成長でした。
言葉と文化を乗り越える難しさを学び、乗り越えた時の達成感、うまくいかない時の無力感はなんとも言えません。人を成長させてくれます。人との摩擦やエネルギーを感じて成長する機会を若いエンジニアやビジネスパーソンに絶えず提供したいと思っています。
Wintek社がある仁徳院(インドグォン)には何回行ったでしょうか。余裕で100回超えています。最近はプライベートで行くときも仁徳院に泊まります。外国でこんなに訪問する土地は稀ですよね。テジカルビ、サムギョプサル、鰻、キンパ、うどん、何度もお世話になったそれぞれのお店の方々の顔が浮かびます。第二の故郷のような場所です。
